LOGIN咲は辰巳の頼みを断わることはなかった。彼女はただ彼に代わって銀行カードを管理するだけだ。別に彼がいくら使おうと構わないし、彼女も彼が稼いだお金を使うつもりはない。辰巳は咲の頬にキスをして彼女を見つめて微笑んだ。見れば見るほど好きな気持ちが大きくなっていく。「なんで私を見てそうやっていつも笑うの?」「そりゃ、嬉しいからに決まってるだろ。咲、俺はすごく幸せなんだ。だから思わずにやついちゃんだ」そう言いながら、彼はまたニコニコと笑っていた。咲もつられて笑ってしまった。二人はそれから少しおしゃべりして、薫子がもうすぐ市役所に到着するだろう時間を見てから、辰巳は咲に言った。「咲、母さんはそろそろ到着する頃だから、俺たちも出発しよう。市役所に俺たちが到着する頃にちょうど母さんも着くはずだ」辰巳は市役所に行く前に薔薇の花束を買うつもりだ。咲が突然結婚手続きをしようと言ってきたから、彼は何も準備していなかった。それでも、今から用意したって間に合う。花束と指輪は必ずセットだ。咲は辰巳が一生大切にしようと決めた女性だから、完璧にしないと。「ええ」辰巳が立ち上がって自分のほうへ手をさし伸ばしてきた時、咲は安心してその大きな手に自分の手を重ねた。そして彼に引かれるままゆっくりと立ち上がった。二人は手を繋いで外に向かって歩き出した。あなたの手を握り、共に老い、これからも残りの人生を互いに支え合いながら過ごそう。咲は辰巳と白髪になってもずっと愛し合っていたいと思った。若者世代から羨ましがられる義父母のように、結婚して数十年過ぎても、まるで二人が付き合い始めた頃のように仲睦まじくありたい。咲は辰巳の運転する車で一緒に行った。咲は運転免許は持っていない。彼女は十六歳の時に失明してしまったから、その時まだとっていなかったのだ。いつも乗る車の運転手は辰巳が雇ったボディーガードだ。彼女を普段守れるだけでなく、運転手代わりにもなれる。それから二十分後。市役所の前。薫子は息子たちよりも二分早く到着していた。彼女は息子の車が来たのを見て、にっこり微笑んで自分も車から降りた。辰巳の父親である宗則も一緒に来ていて、妻が車を降りるとその後に続いた。辰巳はゆっくりと車を駐車した。咲の視力はそこまで良くなく、
「咲、ちょっと待っててね、母さんに今すぐ電話するから」辰巳は咲の頬にキスをして、すぐに母親に電話をかけた。薫子は暫くしてからやっと彼の電話に出た。「母さん、今ちょっといい?」薫子は言った。「さっき起きたところ。今日は特に何もないし暇よ。どうしたの?何か用があるの?」息子は大人になってからというもの、親の手助けを求めることは少なくなった。子供から必要とされなくなる感覚を薫子はかなり前に経験していた。「俺、咲と昼前に市役所に行って、結婚手続きしようと思ってるんだ。でも、印鑑を家に置いてるからさ、母さんか父さんが持って来てくれないか?それか誰かに頼んで持ってきてもらってもいいよ。こっちから家に戻ってまた市役所に行くと時間がかかって、午後になっちゃうからさ。俺、できれば早く手続きに行きたいんだ」もし印鑑をこの時持っていれば、辰巳は今すぐにでも、咲と一緒に市役所に行って手続きをしたくてたまらなかった。本気で咲のことを愛するようになってから、彼はずっと彼女との結婚を心待ちにしていた。咲は目が見えなかった頃、辰巳のような完璧な男性を前にして、卑屈になっていた。そのせいでずっと迷い、彼の気持ちを受け入れることすら、かなりの時間がかかってしまった。婚約するために、辰巳は何度も音濱岳の依茉に会いに行って、咲の目の治療を頼み続けた。咲はその事実を知ってから、ようやく勇気を出して、彼と一生の愛を誓うことを決め、婚約することにしたのだ。彼女は辰巳の姿を直に見ることができるようになってから、結婚したいと思っていた。彼女曰く、結婚相手がどのような容姿なのか知りたかったかららしい。この時、辰巳が母親に話す言葉を聞いて、咲はまた顔を赤らめた。そんなに結婚したくてたまらないのか……薫子はそんなめでたい話を聞くと、すぐに眠気を吹き飛ばしてニコニコと笑った。「もちろん時間はあるわ。お母さんは暇で暇でしかたないのよ。すぐにそっちに届けに行くからね。今柴尾さんのお宅にいるの?それとも会社?」「柴尾家だよ。今日はまだ会社には行ってないから」「わかった、今届けるからね。指輪はいるの?」辰巳は言った。「いるいる、母さんはやっぱりよく気がつくね。俺は興奮しすぎて指輪のことなんてすっかり忘れてたよ。前オーダーメイドした結婚指輪が俺の
辰巳は自身の人を見る目には自信がある。それに祖母のことも信じている。咲と今まで長い間交流してきて、彼女の人柄や行動、すべてを熟知している。「結婚したら一生一緒にいるのよ。離婚なんて絶対しないからね。だから結婚する前にしっかりとよく考えて。あなたみたいな優秀な人なら、この先、私よりも相応しい素敵な女性に出会った時に、おばあ様から結婚しろと言われたから私と結婚したんだなんて言われたくないよ。私と結婚した後にあなたが他に、もっと愛する女性を見つけたとしても、私はそれを受け入れられないからね」すると辰巳はまた軽く彼女の鼻先を突いた。「咲だって結城家の男が世間からどんなふうに言われているか知ってるだろう?みんな一人の女性に一途なんだ。結城家の家訓によって、結婚したら一生その家庭をしっかり守らなければならない。絶対に不倫したり、離婚したりすることは許されていないんだよ。それを破れば、結城家を追い出されて、赤の他人になって生きていかないといけないんだ。それに、俺が咲と結婚するって決めたのは、別にばあちゃんが選んだ相手だったからじゃないよ。俺が君を好きになって、愛しているからこそ結婚すると決めたんだ。君を愛していなかったら、いくらばあちゃんから強制されたって意味はないんだ」辰巳は携帯を取り出して電話をかけた。「誰にかけているの?」咲は辰巳がおばあさんに電話をかけようとしているのだと思った。「運転免許はあるけど、印鑑は今持ってないんだ。手続きに行くなら、母さんに電話して持ってきてもらおうと思って。昼になる前に市役所に結婚手続きに行こう」結婚手続きをすれば、二人は晴れて念願の夫婦になれる。辰巳は自分が咲と結婚し、正式な夫婦になるのをどれほど心待ちにしていたか、咲に知られようとはしなかった。当初、彼女は目が治って見えるようになってから結婚すると話していた。それで辰巳はずっと彼女が目に光を完全に取り戻すのを待ち続けていた。今、彼女の視力はまだ元に戻っているわけではないが、目の前にある物は見えるようになった。それで辰巳はどうやって彼女に結婚の手続きをしようと言おうか考えているところだった。それがまさか彼女のほうから言ってきてくれた。これこそ夫婦になる二人の愛のパワーだ。辰巳が結婚手続きに行きたいと口に出さずとも、咲がそれを叶えて
流星の父親は違法行為を行っていた。それらの会社は警察の調査が入り、彼らが失った額に関してはそこまで大きくなかった。しかし、少なからず柴尾グループの評判に影を落とし、グループ全体の株価は急降下してしまった。そして商売も右肩下がりとなり、柴尾グループの総資産は縮小していった。今、咲が柴尾グループを継ぎ、彼女と浩司の努力のおかげで、グループは何とか難関をクリアできた。咲はそのことを流星に教えてはいなかったが、浩司と辰巳が彼に教えていた。それで流星は姉が淡々と語る言葉の裏には、大きな苦労が隠されていることを知ったのだ。咲が自分の父親の仇を取るために、流星の両親を警察に突き出したのも、それは彼らが犯罪行為に手を染めたせいだ。もちろん、血の繋がる姉が自分の両親を刑務所送りにしたことを受け入れるのは難しかったが、流星も姉の気持ちを十分理解できた。柴尾家は今咲が掌握している。彼女は自分のものは誰にも渡さないが、自分のものではないのなら、それを奪うつもりはないと言っている。流星が得るべきものは咲はきちんと彼に渡すつもりだ。流星と鈴が得るべきものを渡した後、それをどう分けるかは二人の問題だ。咲は流星の両親のものだけを彼に渡す。加奈子と正一には鈴と流星の二人の子供しかいないから、もちろんこれはこの二人の間の問題だ。「姉さん、じゃ、俺は授業に行ってくるよ。終わったら事務室に休みの申請に行って、そっちに帰ったらまたゆっくり話そう」「ええ、いってらっしゃい」咲と流星の電話が終わると、咲は弟の頼み通りに彼の両親の荷物を彼の部屋に運んだ。鈴の荷物は、咲の気分が良くなった時に、また連絡して持っていかせようと考えた。今後、咲と鈴は完全に縁を切り、家族ではない。「お嬢様、辰巳様がいらっしゃいました」咲はひとこと簡単に返事をすると、携帯を持って部屋に戻ってから身分証と印鑑を持ち、下におりていった。片付けに関しては、執事がしっかり手配してくれるので咲は何もしなくていい。彼女が一階におりてきた時ちょうど辰巳が玄関から入ってきた。「咲、大丈夫か?」辰巳は大股で急いで咲の傍に近寄り、心配そうに尋ねた。咲は笑った。「なんでそんなに心配してるの。今この家にいるのは私たちの味方ばかりよ。それに私だって昔の私じゃないもの、彼らのやりた
「どうであれ、うちの財産を鈴姉さんに全部食いつぶされるわけにはいかないんだ。それにうちの朱美おばさんと樹里おばさんだ。二人は絶対に鈴姉さんを唆して、財産を奪い取るに決まってる。鈴姉さんはお世辞に弱すぎる。おだてられただけですぐに何でも人にあげちゃうから」流星がこのように考えているのも、彼ら柴尾家の財産を守りたいがためだ。両親はまだ生きている。あの二人の名義になっている財産を流星に渡してもらい、それをまた咲に管理してもらえば、安心できる。咲のものでなければ、彼女は絶対に手をつけることはしないからだ。それに咲はもうすぐ辰巳と結婚し、結城家には有り余るほどのお金があるのだから、別に流星のものに手をつける必要はない。そもそも流星が親から譲り受けるだろう少しの財産など目にも入らないだろう。「ところで姉さん、違法取引して得ていたものを除いて、俺の両親の財産はどのくらいあるの?」流星は両親が以前やっていた商売の中には違法なものがあり、警察に調査されて、全て没収されていしまったことを知っていた。だから、今ではそれを除いた合法的に得てできた財産しか彼は相続できない。咲は答えた。「あの人たちが違法行為で稼いだ所得は全て調査が入って没収されているわ。でもそれは柴尾グループとは関係のない会社だったことがわかってるの。柴尾グループには違法行為はなかったから、問題ないわよ。それから柴尾グループの株は私のお父さんがほとんどを所有してた。おじいさんとおばあさんが渡したみたい。だからお父さんの大部分の株を除いた残りがあなたのお父さんと他の株主たちのもとにあるわ。今の会社の株価から計算して、あとは彼が持ついくつかの不動産を合わせれば、きっと二十億くらいじゃないかしら」正一は重刑が科せられた。二十数年前に加奈子と実の弟を殺害した罪に加え、違法行為を行っていたことで罪はさらに重くなっていた。流星はまた尋ねた。「警察に捕まる前は、柴尾家にはどれくらいの資産があったの?」「さっき言った額の十倍を少し超えるくらいね」流星はそれを聞いて決意を固めた。「姉さん、やっぱりさっき俺が言ったようにしよう。今から大学に休みを申請してくる。飛行機で帰って父さんたちに会ってくるよ。父さんたちの名義にある財産を俺に譲渡する手続きをしてほしいって」直接咲に譲渡できれば
流星は誰かが姉の逆鱗に触れてしまったのだろうと予想した。長年の恨みを抑え込んでいた姉の堪忍袋の緒が切れたから、両親の部屋を綺麗さっぱり片付けようとしているのだと流星は思った。しかし、両親の部屋には暗証番号を入力するタイプの鍵がかかっている。その暗証番号を流星自身も知らない。母親は流星に咲のほうを味方していると言い、多くのことを流星には教えていなかった。咲も弟に隠すことはなく、鈴が予定より早く刑務所から出てきて、今朝早くに家に来たことを全て話した。流星はそれを聞くとため息をついた。そして、あの災いを振りまいてばかりいる疫病神の姉が外に出てきてしまったのかと思った。それでは一族内がまた荒れることになるだろう。彼は咲に言った。「姉さんは母さんたちの荷物を俺の部屋に移すだけでいいよ。鈴姉さんの物は俺から彼女に連絡して自分で綺麗に片付けるように伝えるからさ」柴尾邸が咲のものだとわかった今、咲も鈴を住まわせておくわけがない。流星もこの姉のために咲に許してほしいと頼むことはできない。鈴が昔からどれだけ咲に嫌がらせをしていじめてきたか、彼は誰よりもよく知っているからだ。刑務所に長い間入っていて少しは変わったかと思えば、どうやら本当に心から変わったわけではなかったようだ。刑務所からできるだけ早く出るために、言うことを聞き、心を入れ替えたふりをしていただけだ。「それから、鈴姉さんが財産分与の裁判を起こすことになったら俺に教えて。あの人に多くを渡してはいけない。彼女がお金をたくさん持ったら全部なくなってしまう。散財するだけじゃなく、世間知らずだ。人を罵ったり責めることしかできない、無駄遣いしか特技がない人だから」流星は柴尾家を咲に任せておけば、自分は安心して勉学に勤める。もし、鈴の手に渡ってしまえば、すぐにでも鈴の行動を止めるために急いで帰ってきたくなる。彼はこの二人の姉のことをよく理解している。鈴は絶対に一族を破滅の道へと導く存在だ。両親が甘すぎて、鈴をダメ人間に育ててしまった。「いや、鈴姉さんには財産分与させたらいけない。大学に休みをとって、一度帰るよ。刑務所に父さんたちに面会してくる。二人の財産を俺に譲るように説得して、俺が鈴姉さんの生活費を毎月渡すようにしたほうがいい」流星は自分で両親の財産を管理し、鈴の最低限の